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戦前のクラブ活動

創設時の野球部(1932年頃)

現在の学生諸君の学友会の前身は、昭和医学専門学校学友会で、同学友会は昭和3年5月に発足しました。学友会には総務部が置かれ、その下に学芸部と体育部がありました。これは現在の各学部学生会に文化部と体育部が置かれているのと全く同じです。当初学芸部には、図書部、編集部、音楽部、講演部があり、体育部には旅行部、蹴球部、剣道部、柔道部、水泳部、野球部、庭球部、卓球部、陸上競技部、籠球部がありました。

編集部は『学友会誌』の編集、音楽部は音楽会の開催、講演部は弁論大会の開催を行い、また、旅行部は登山、キャンプ、温泉旅行、スキー合宿などを実施していました。陸上競技部は校内マラソン大会、水泳部は校内水泳大会、野球部は校内野球大会、蹴球部が校内サッカー大会を開催するなど、極めて活発でした。




体育部の対外試合は岡田和一郎初代校長の教育理念により禁止されていましたが、徐々に解禁され、他校との交流が持たれました。部員数は、籠球部の部員は昭和6年当時19名を擁し、水泳部が8名程度、野球部は21名、蹴球部9名の記録があります。
その後、昭和7年に旅行部が廃止され、山岳部が発足。拳闘部(12名)、馬術部(35名)、モーター部、写真部が旗揚げし8年には弓道部、13年には空手部が発足しました。また、15年には俳句同好会が水原豊教授(俳人、秋櫻子)の指導の下に発足します。なお、山岳部内にあった山岳診療所は、当初19名の部員を有し、昭和8年から総務部内の診療部に属して、長野県の白馬診療所等での診療に従事しました。

- 出版活動も盛ん -

戦前は、昭和医専第1回生が学友会として『学友会誌』を創刊するなど、出版活動は活発でした。『学友会誌』は言わば生徒諸活動の年鑑であり、クラブ活動の概況、その年の試合の結果、学校の日誌、学友会での審議事項、予算・決算などが記録されていました。

また、昭和10年創刊の『昭和医専学友新聞』(のち、『昭和医専新聞』と改題)もその編集、取材から発行事務まで生徒諸君がタッチし、独自の視点を取り入れ意欲的に長く刊行されました。

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