沿革

生理学教室の歴史は昭和3年、昭和医専が設立されたときに始まるが、教室としての形態が整い、研究活動が始まったのは、戦後、昭和医科大学となったときからといえる。

昭和21年、昭和医学専門学校は昭和医科大学となり、生理学教室の初代主任教授に井上清恒博士が就任した。橋田邦彦博士の流れをくむ井上教授は「刺激と興奮」の問題から研究に着手した。すなわち、神経や筋などの被刺激性組織の興奮前後の興奮性測定、殊に「陽極開放刺激」の問題をとりあげた。その後、「シナプス伝達」の問題を神経筋興奮伝達、脊髄反射などから検討した。昭和39年、ペンシルバニア大学3年間の留学から帰国した武重千冬助教授は「尿管の活動電位」発生のメカニズムを解明し、次いで作用物質の濃度と反応の問題を「子宮筋に対するオキシトシン作用」や「ビタミンB12の上皮電位や神経の膜電位に対する作用」から明らかにした。昭和44年武重千冬助教授は員外教授となった。中枢神経の研究も始められ、動物催眠の機序解明が深部脳波分析によって進められた。昭和47年、井上清恒教授は定年退職し、名誉教授の称号が与えられた。

昭和47年、井上清恒教授の後任に武重千冬教授が就任した。前年の昭和46年、針麻酔が中国で発表された。武重教授はただちに針麻酔誘起の機序の解明と動物催眠誘起の機序との異同性について研究を開始した。針麻酔の機序に関する研究は教室の主要テーマとなり、さまざまな角度からメカニズムが解明された。まず、針麻酔の鎮痛に神経-体液性物質が関与していることが明らかにされ、また下行性痛覚抑制機構が活動することも実験的に示すことができた。また、経穴刺激と非経穴刺激の鎮痛効果の差異は鎮痛抑制系の作用と関連づけることで説明した。さらに鍼刺激による鎮痛が起こりやすい動物(有効群)と起こりにくい動物(無効群)がいることを示し、この差は脊髄の鍼鎮痛求心路にあるオピエートレセプターを介する伝達機序の差であることを示した。武重千冬教授は平成4年3月、定年退職し、名誉教授の称号が与えられた。武重教授はつねに情熱的に針鎮痛のメカニズムの生理学的解明にあたられ、その研究成果は中国はじめ広く紹介された。

平成4年、武重千冬教授の後任に久光正教授が就任した。武重千冬教授の助教授として針鎮痛の研究に参加してきたことから、教室の主要研究テーマには「鍼灸の生体への作用メカニズム解明」がある。とくに免疫系との関連に研究の重点を置いている。また、統合医学・統合医療を生理学的視点から解明することを目指していて、「血液流動性の変化の生理学的解明」、「痛みと免疫の関連」、「磁気の生体機能変調」などについても研究が進められている。

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