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[スペシャル対談] 理事長 小口勝司 × 理事・思想家 内田樹(3)【全6回】

2015年9月16日

昭和大学が企画した特別番組『夢の力』の放送を記念して、本法人の小口勝司理事長と思想家の内田樹理事の対談が実現。この模様は2015年2月28日の毎日新聞に掲載されました。

小口理事長と内田理事の出会いは高校1年生のとき。その後は別々の道を歩みながらも「教育者」という共通点をもつ2人が「昭和大学で何を学ぶべきか、社会に貢献できる医療人とはどういう人か」などについて熱く語り合いました。

今回は紙面の都合でカットせざるを得なかった内容を含めて、全6回にわたってご紹介いたします。

小口勝司 小口 勝司
おぐち・かつじ/1950年生まれ。
昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了、
医学博士。79年米国カンザス大学留学、82年英国
ケンブリッジ大学留学、87年昭和大学医学部助教授、
88年同医学部教授、96年同学生部長、2000年
学校法人昭和大学理事、01年同理事長。
平成27年春の褒章にて藍綬褒章を受章。
内田樹 内田 樹
うちだ・たつる/1950年生まれ。
東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院
修士課程修了。90年神戸女学院大学助教授、96年
同大教授。2011年同大名誉教授、学校法人昭和
大学理事。専門はフランス現代思想、映画記号論、
武道論。「日本辺境論」で新書大賞2010を受賞。
「街場の大学論」など著書多数。

子どもでも知的高揚感にうちふるえる瞬間がある(内田)

内田 昔、うちの子がまだ小学校低学年のとき、友だち放課後が家に遊びに来て、「るんちゃんいますか?」って訊くの。「まだ帰ってきてないけど」と言ったら、「でも、小学校の門から一緒に出てきたよ」って。学校は歩いて5分くらいのところだから、そんなに時間がかかるわけない。それで、どこかに行っちゃったのかなと思って、学校までは一本道だから坂を下って探しに行ったら、学校と家の途中の道ばたにしゃがんでるの。しゃがみこんでジッと何かを見ているのね。そばに行って、なにをやっているんだろうと思ったら、道ばたの花を見てるの。グーッと見ててね、しばらくしてからフーッと溜息をついて立ち上がって、また数歩行くと、「あっ!」とまた別の花をみつけて、また座りこんでグーッと見てるのね。後であのとき何してたのと訊いたら、観察してたんだって。花のつき方とか、花弁の数とか、そういうのを見てた。

子どもたちを自然の中に置くと、必ず何か自分の好きな対象を選んで、観察を始めるでしょう。空の雲を見たり、海岸に打ち寄せる波を見たり、渓流の水の流れを見たり、虫を見たり、花を見たり。はじめのうちはぼんやり見ているだけなんだけれど、なにかの瞬間に急にグッとのめり込む瞬間があるでしょ。あれってさ、観察対象のパターンを発見しているんだよね。ランダムに生起していると思われる自然現象の背後には、数理的なある秩序があるんじゃないかと直感したときに、子どもの知性っていきなり活性化するんだよ。自分なりの法則性を予測する。もし、自分の仮説の通りであれば、次には「こんなこと」が起こるはずだと思ってじっとみつめているときって、子どもでも知的高揚感にうちふるえているんだよね。あれこそ自然科学の基本の構えだと思う。

違う価値観があるんだということを知るのも重要なこと(小口)

小口 そうだね。医療系の大学では、教えることはもう型にはまっているんですね。だから、型にはまっていて自由に思考することが少ないんです。文系の人たちは一所懸命、自分たちで本を読んだり、多種多様な本を探したりして思考プロセスを鍛えるかもしれないけれども、理系の人たちっていうのは、決まったものを覚えることから始まるんです。筋肉の名前を覚えろとか、神経の名前を覚えろとか、覚えろ覚えろなんですね。そこで、一年生の全寮制度では覚えることだけではなくて、人間を見ることが勉強だと思っているんです。寮の卒業生は、「富士吉田キャンパスいいね」ってみんな言うの。僕もそう思う。

内田 それはどうつながるの?

小口 あのね、花のひとつひとつに法則性があるかどうかと同じように、人間の一人一人を観察する。だって、一人っ子だったら観察しないよ。

内田 そうだね。

小口 自分の生活のパターン以外のものはないよ。

内田 そうか。自分が寮に入って初めて自分と生活習慣の違う人と出会うわけ。それって、結構ショックなんじゃないの。

小口 すごいショックだよ。「えっ!」って思う。誰だって、自分の生活が当たり前で日本中の人が同じことをしていると思うでしょう。ところが、全然違うんだ。

内田 「あっ、お前はパジャマの上に服を着て学校にいくのか!」とか、「お前は朝、歯を磨かないのか!」とか(笑)。

小口 そうそうそう! 本当にそうなんだよ。食生活からなにからみんな違うんだよ。日本の中でも北海道と沖縄では全然、文化が違うよ。言葉も違うんだから。そういうものは一切、普通の勉強の中には関係がないでしょう。だけど、人間を一人ずつ診るんだから、一人ずつ人間を観察しなきゃいけない。それが根本だと僕は言ってるんだ。筋肉の名前を一つ一つ覚えることも重要だけれども、一人一人みんな違う考えを持っている、違う価値観があるんだということを知るのも重要なことかなと今は思うの。だけど、自分が大学の寮に入ったときは、そんなことは一度も思わなかったね。毎日が修学旅行みたいな感じですごく楽しかった。だけど、寮生活をしていく中で、「あっ、大阪の人は違うんだ。そうか、そういう考えがあるんだ」とか、「生活の習慣は人によって違うんだ」とか、「思考のプロセスは人によって違うんだ」とかを身をもって体験して知ることができたと思うんです。

内田 人はいろいろというのを思い知るは大事だよね。僕たちって、人間はみんな「自分みたいなもの」だと無根拠に決めつけて生きてるからね。集団生活で、「人間て、一人一人違う」ってことをしみじみ学習するわけだ。

小口 だって、医療人というのは結局、一人ずつ診るんだよ。押し並べてみんな同じだからというのでは駄目です。機械じゃないからね。どうしてこの人はそういうふうに考えるんだろうかとか、そういうバックグラウンドを探していくことがすごく重要なことだと僕は思っているのね。だから、どうやって育ったの、どういう生活をしてきたのって面接のときに聞かないとわからないじゃない、初めて会った人はさ。どんな考えをしているかわからないでしょう。いろいろな考えがあるんだということ自体、若い人たちはわからない。人を知ることは楽しいことで、一緒に生活するとさらに深く知ることができるから、なお楽しい。

シグナルを感知してその意味を理解する能力は医療人にとって絶対に必要(内田)

内田 去年の4月、富士吉田キャンパスで講演したでしょ。あのとき、何を話したのかあまりよく覚えていないんだけれども、ひとつだけ覚えているのは、シャーロック・ホームズにはモデルがいるという話。ホームズのモデルになったのはジョセフ・ベルというエジンバラ大学医学部教授で、コナン・ドイルの医学生時代の先生なんだ。ベル先生は患者さんが診察室に入って来ると、ドアを開けて椅子に座るまでの数秒の間の観察だけで、その人の出身地とか、職業とか、家族構成とか、生活習慣とか、既往症とか、今回診察に来た理由とかをズバズバと言い当てて、後ろで見ていた医学生たちがびっくり仰天したんだって。そういうことができる人がいるというので、コナン・ドイルはシャーロック・ホームズという探偵を造形したんだ。ベル先生が教えてくれたのは、観察力をフル動員するとどれほど大量の情報を採ることができるかということだと思う。診察でも、患者自身の語る自分の身体症状とか愁訴とかのコンテンツとは別に、その人の表情とか、歩き方とか、服装とか、体臭とか、息づかいとかから、実は膨大な量のシグナルが発信されている。そのシグナルをどんどん取り込んで、それを高速で処理してゆけば、実際に熱を測ったり、聴診器当てたりするより前に、患者についてかなりのことがわかる。医療人にとっては、その無数のシグナルを高速処理する能力の開発って、非常に優先順位の高いことでしょう。ふつうならノイズとして捨てられてしまうようなシグナルを感知して、その意味を理解する能力って、医療人にとっては絶対に必要なものだと思う。

でも、そういう計測しがたいシグナルを感知できるようにセンサーの感度を高めるための特別な技術というのは多分、まだ医学教育の中で教科としては存在しないと思う。だから、医学部で、わざわざ患者とのコミュニケーション能力のためにカリキュラムを作ったりしているじゃない。それは、患者と向き合った対面状況で、ちゃんと話をして問診できない医者が出て来たからなんだけれど。ずっとパソコンの画面の検査結果の数値ばかり見ていて、患者と目を合わせないような医者では医療にならない。だから、国立大学の医学部がコミュニケーション能力開発のための授業を始めるという話を聞いたときに、それをやるのは別に構わないんだけれども、ほんとうは違うんじゃないかと思った。コミュニケーション能力というものが単品として存在していて、それを授業で「外付け」するんじゃなくて、ものすごく感受性が強くて人がわからないこともわかるというのは、医療人の根本にある資質だと思うんです。

昭和大学の校歌の中に、『見聞覚知の正しきねがい』というのがあるんです(小口)

小口 僕もそう思う。特に内科医はそうじゃなきゃいけないかもしれない。齋藤茂吉先生が作った昭和大学の校歌の中に、『見聞覚知の正しきねがい』というのがあるんです。見るとか聞くとかいう五感をどうやって使っていくか。さらに、『雁のみだれに道理知る』というのがある。

内田 うん、あったね。あれは『史記』かなにか、『三国志』?

小口  それはね、後三年の役ですね。

内田 日本の話か(笑)。

小口 ええ。雁の飛ぶ列が乱れていると下に敵がいると。そういうね、ものの観察をすることがすごく重要なことなんですね。いつも五感を研ぎ澄まして人を見なきゃいけないんですよ。先生がおっしゃったのはその通りなんですね。患者さんが「こんにちは」と言って診察室に入ってきた瞬間から診なきゃいけない。どうやって入ってくるかというのを五感を総動員して診ないと駄目なんです。それを『見聞覚知の正しきねがい』っていうんでしょうね。だから、コンピュータ画面ばかり見ていては駄目なんです。どんな挙動で入ってきたか。どんな勢いで入ってきたか。足は引きずっていないか。目の動きはどうか。ふらついていないか。「こんにちは」と言ったときにちゃんとろれつが回っているか。これがすべて重要なことなんですね。そこでもう大体の検討がついてしまうくらいな病気があるわけです。もちろんわからないこともあるけれども。

内田 僕の知り合いのお医者さんで、診断のときにいろいろと愁訴を訴えてくるんだけれども、「そうですか、そうですか」と言って自分はディスプレイの方ばかり見て、あまり患者を見ていなかった。結局、検査の数値には異常がなかったので、「なんでもないです」と診断を下して、患者が立ち上がったとき、机に足をぶつけたのを見て、「あれ」っと思って、脳波をとったら、頭の半分が出血していて、視野の半分が見えなくなっていたことがわかった。

小口 半盲だったのね。

内田 ぶつかるはずのないものにぶつかったのを見たので、ピンと来たらしい。あのとき、ディスプレイを見続けていたら診断を誤ったかもしれないって言ってましたね。

小口 患者を観察することは実は診察のイロハのイなんですよ。分かっているんだけれどそれができないんですね。

内田 そうだね。 (第4回につづく)

※写真提供:毎日新聞・山田茂雄氏

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