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[スペシャル対談] 理事長 小口勝司 × 理事・思想家 内田樹(5)【全6回】

2015年11月20日

昭和大学が企画した特別番組『夢の力』の放送を記念して、本法人の小口勝司理事長と思想家の内田樹理事の対談が実現。この模様は2015年2月28日の毎日新聞に掲載されました。

小口理事長と内田理事の出会いは高校1年生のとき。その後は別々の道を歩みながらも「教育者」という共通点をもつ2人が「昭和大学で何を学ぶべきか、社会に貢献できる医療人とはどういう人か」などについて熱く語り合いました。

今回は紙面の都合でカットせざるを得なかった内容を含めて、全6回にわたってご紹介いたします。

小口勝司 小口 勝司
おぐち・かつじ/1950年生まれ。
昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了、
医学博士。79年米国カンザス大学留学、82年英国
ケンブリッジ大学留学、87年昭和大学医学部助教授、
88年同医学部教授、96年同学生部長、2000年
学校法人昭和大学理事、01年同理事長。
平成27年春の褒章にて藍綬褒章を受章。
内田樹 内田 樹
うちだ・たつる/1950年生まれ。
東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院
修士課程修了。90年神戸女学院大学助教授、96年
同大教授。2011年同大名誉教授、学校法人昭和
大学理事。専門はフランス現代思想、映画記号論、
武道論。「日本辺境論」で新書大賞2010を受賞。
「街場の大学論」など著書多数。

医療人のいちばん「いいところ」は科学と神秘という二つの軸に引き裂かれていること。(内田)

── 医療人として本当に必要なものは何か、お二人の先生にもう少しお話しをいただければと思います。

小口 医療人として必要なものね。もちろん知識と技術がないと話しになりませんね。実学ですから。しかし、医療人は技術者であると同時に学者でもあります。新しいものも見つけなければいけません。さらにもっと重要なのはなにかといったら、功名心ではなくて貢献する気持ちだと思うね。奉仕する…奉仕って言うと少し大袈裟かもしれないけどね。

内田 「惻隠の情」かな。

小口 そうだね。奉仕っていうとなにか変だけど、自分の気持ちで社会のために役に立とうと思う気持ちということですよね。それが本来のボランティアだと思う。

内田 あと、やっぱり医師っていうのは特殊な職業でしょ。医者というのは医学を研究する科学者という部分と、生身の人間の身体を相手にする臨床家という部分と両方ある。生身の人間って、どこがどうなっているのかほとんどわからないですよね。だって、暗示とかプラシーボで病気が治っちゃうわけですから。薬理学的に何の根拠もないのに治ったというようなことって、ほんとうに起きる。人間ってそういう摩訶不思議な生き物なわけですよね。生身の人間という複雑にして謎に満ちたものを対象としながら、かつ一方では科学者としての厳密さが要求されている。医者はそこで引き裂かれているわけですよね。医療人のいちばん「いいところ」はそこだと思う。引き裂かれていること。だから、原理主義者になれない。科学者なんだけれど、科学だけでは説明できないことに日常的に出会う。でも、エビデンスがなければ身体を切ったり、劇薬を投与したりすることはできない。科学と神秘という二つの軸に引き裂かれていて、単一原理の中に回収して話を簡単にすることが許されない。「あわい」に立って揺らぐことが職業的なマナーになっていること、そこがいちばん医者のいいところだと思う。

小口 そうだね。僕はね、ずっと薬理学で薬の研究をしていたの。それで、よく効く薬ができるといいなっていつも思うのね。新しい薬がどんどんできるといいなと思うと同時に、メリケン粉(小麦粉)で治ればもっといいなと(笑)。だから、薬がすべてじゃないんだよ。治るっていうこと、よくなることがいちばん重要だと思う。だから、薬の有効性を検証することよりも、ある行為によって人が治るということがすごく重要なことなんだよね。これが結構難しいことなのね。だから、内田先生がさっきも言ったけれども、あるところまで行くと心の問題になってきてしまうんだよね。そうすると、これは心理学なのかな、いや、もしかしたら宗教学なのかなっていうふうになる。

内田 イワシの頭で治っちゃうからねえ。

小口 (笑)そうでしょう。それで治ればね、高い薬で治るよりいいじゃない。副作用もなさそうじゃない。

統計学的にプラシーボよりも効きますよというのが医薬品の基準。(小口)

内田 問題は、現場は一回性だけれど、科学は再現性。原理が違うんだよ。科学は必ず再現性を要求する。一回効いた療法が二度効く保証はない。でも、二回は効かないかもしれないけど、一回だけは効くということがある。

小口  そうそう。この人に効いた方法がこの人に効くとは限らないと。世の中みんなそうなわけだよ。好き嫌いというのも大体そうなのね。音楽もそうなの。自分の好きなジャンルの音楽だと癒されるけれども、嫌いなジャンルだと騒音になってしまう。匂いもそうなんだよ。ある人にとってはすごくいい匂いなんだけど、でも、ある人にとってはすごく嫌な匂いになる。そういう感性の中に医学も入ってはいるんだよね。このようなことも包括して、感性を科学で証明するというのもすごく必用なわけです。
たとえば痛み止めなんてさ、よく効きますねって言うでしょう。ところが、100%の人に効くかというと違うんだよ。たとえば60%の人に効くとすると、40%の人には効かないんですよ。しかし、偽薬(プラシーボ)でもかなりの人に効果があるんですよ。そうすると、じゃあ薬はプラシーボとどこが違うのかというと、統計学的にプラシーボよりも効きますよというのが医薬品の基準です。

内田 新薬認可の基準なのね。でも、メリケン粉で50%効くっていうのはすごいよね(笑)。

小口 すごいでしょう。だからね……

内田 人間って不思議だよね。

小口 不思議なんです。 

内田 「あなたの病気はこの新薬で治りましたよ」って言われたら小麦粉で治っちゃうんだから。

優れた医療人は必ず人間的な成熟を要求される。(内田)

小口  たけど、プラシーボよりも効くということは科学的に証明しなきゃいけない。そのために統計学とかいっぱい勉強しなきゃいけないことが出てくるわけですね。

内田 実際には、新薬とプラシーボを投与した2つの集団のサンプルがまったく同質的だということは言えないわけだしね。

小口  言えないね。ましてやジェネリックなんて、もっとわからないですね。わからないことがいっぱいあるんですけどね。わたしたちはわからないことの中で生きているんでしょうね。

内田 でもさ、わからないからイライラする人は医師になれないと思う。

小口 そうだね。人間って不可解だな、それが面白いなと思わないと。

内田 その不可解な中で、なんとかして法則性を発見しようとする。それを一回限りの個人技で終らせないで、誰でも利用できる科学的知としてパブリックドメインに登録しようとする。臨床の現場と象牙の塔との間を行ったり来たりする、この「往還する」ということが医療人としていちばん大事なマナーなんじゃないかな。

小口 多分そうだと思うね。だから、ロジカルには割り切れない。

内田 そう、割り切れない。

小口 だけど、ロジカルでなければいけない部分もある。そういうことだと思うね。まあ、それがいい医療人とはなにかという答えになるかどうかはわからないけれども。 

内田 それが「引き裂かれてあることを受け入れる」ということだと思うけどね。

小口 やっぱり最終的には、深い知識と教養と経験がないとできないとは思うのでね。

内田 優れた医療人は必ず人間的な成熟を要求される。これはたしかだと思う。どんな職業でも何十年か一所懸命にやっていると必ず人間的に成熟するとまでは言えないけれど、経験を積んだら必ず人間的に成熟するはずという職業はあります。教師や医療人や宗教者というのは、その職業で何十年も臨床的な経験を積み重ねてゆけば人間的成熟せざるを得ない。人間に成熟しないと「商売にならない」んだから。

小口 要求されているんだとは思うね。 

内田 職業自体が「人間としての成熟」を要求するものというのは、なかなかそうたくさんはない。デイトレーダーとか、別に人間としての成熟とか要求されないんじゃない。

小口 だから、こういう実学の国家試験をペーパーテストで厳しくするというのは、あまりいいことじゃない。 

内田 うん、よくないと思う。

小口 それで、もっと重要なものを失っていると思うんですね。知識ばっかり要求するということは、大事なものをなくしている。 (第6回[最終回]につづく)

※写真提供:毎日新聞・山田茂雄氏

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