【ご報告】令和6年能登半島地震による被災地支援のためDMAT隊を派遣しました

お知らせ

 昭和大学横浜市北部病院は、令和6年能登半島地震の被災地支援のため、医師1名、看護師2名、業務調整員2名(薬剤師)で構成された災害派遣医療チーム(DMAT)を1月17日(水)から1月22日(月)までの期間、能登中部医療圏へ派遣し、被災地で活動を行いましたため、下記の通りご報告いたします。
※DMAT=災害医療派遣チーム(Disaster Medical Assistance Team)

【DMAT派遣報活報告】

 今回派遣された期間では、急性期医療というよりは、より高度な医療を提供できる施設に搬送を行い、地元基幹病院の機能を正常に戻すことが中心となります。それに並行して避難所や施設での感染症対策やストレス対策・対応、物的・人的支援が必要となってきます。私たちも搬送業務や避難所や施設への支援を中心に活動を行いました。
活動拠点移転
 被災地へ到着してまず行ったのは、活動拠点の移転でした。それまでは能登半島内の急性期医療を維持すべく、中部の中核病院である能登総合病院に搬送してくるために能登総合病院内にいる患者をより南の方に搬送することが重要でした。しかし、能登総合病院内の患者を概ね搬送することができてきたこと、それまで本部として利用していた同病院建物のダメージが蓄積していたこと、本部をダウンサイズしていき、地元へ役割をお返ししていく段階であったことなどから、能登保健福祉センターへ本部を移転し、活動本部の名称も能登医療圏活動拠点本部から、能登中部保健医療福祉調整本部へと変わりました。
 なお、保健福祉センターは未だ断水中でした。下水は流れるものの断水しているため、用を足したら水で流す、もしくは凝固剤で固めて捨てていました。また、ラップポンという用を足したものを熱圧着して捨てることができるトイレも設置されていました。 そのため民宿などで宿泊をしている隊に水の持ち寄りをお願いし、それを使用していました。
主な支援活動
 私たちの活動本部での役割は各DMATへの活動指揮でした。最初は、搬送が決定した患者と搬送DMATのマッチングで搬送担当DMATに依頼をし、安全かつ円滑に患者搬送できるように支援することを主としていました。そのため、リーダー医師は搬送業務を行っていた昭和大学病院からのDMAT隊や活動本部との連携を行い、さらに看護師は搬送DMATや搬送先病院への出発連絡などの橋渡しを行い、ロジスティック(調整員)はDMAT指示書を作成しながらマップを確認し、搬送先への距離や道路状況の確認などを医師と情報共有していました。

1日目 搬送するチームが足りなかったため、急遽昭和大学病院と昭和大学横浜市北部病院の隊員で搬送チームを作り、患者を搬送する業務を行いました。天気は雨で、ところどころ道路にひびが入っている状況であったため、普段よりも多くの時間を要し、看護師が逐次患者さんに声かけとバイタル確認を行いながら、大きな問題なく無事に搬送を完了して本部へ帰還しました。

2日目 朝の全体ミーティングで、一部施設にて新型コロナウイルス感染症の集団発生があったとの情報が入りました。どの程度の感染なのか、施設の方への支援ができているのかなどの情報が何もないため、支援が必要なのかどうかも判断できない状態でした。そこで、搬送DMATの中から1隊に向かってもらい、情報収集をおこなうよう指示しました。 そのため、患者搬送してもらう隊の調整や実際にどの隊に向かってもらうのかなど、他隊の構成を見ながら調整を行いました。

3日目以降 能登総合病院の患者搬送が落ち着いたところで、高齢者施設への視察をしたり、日本赤十字からの要請で各避難所を周り、DVT(深部静脈血栓症=エコノミークラス症候群)チェックを行いました。このDVTチェックは、JRAT(日本災害リハビリテーション支援協会)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)の皆さんと共同で行い、4日目も他隊との引き継ぎを行いながら支援活動を行いました。
今回の支援活動を受けて
 今回のDMAT派遣ではいわゆる超急性期から亜急性期に入った時点のため、対患者・被災者ではなく、本部活動が中心となり、他職種や他の病院・高齢者施設などとの連携が主体となりました。 超急性期を抜けた時期での派遣ではありましたが、いまだ情報の錯綜があり、派遣が発災直後であったならば、より密な情報収集のための話し合いや連携が必要になると感じました。
 また、ほとんどの隊が3〜4日毎の活動であるため、2日くらい経つと昨日までとは異なる隊が担当する場面もあり、情報がうまく引き継がれていないことで支援活動が滞ってしまう一因になってしまいます。そのため、相手の立場や意見を聞きながらより良い運営をしていくように努力することが重要であると痛感しました。
 ​また、同じ本部内にはDMATだけでなく、DPAT、JMAT、JRAT、日赤というような違う団体所属の方も多くいます。施設への視察では、DMAT側で連絡が取れなかった施設の情報をJMATが持っていたり、逆にDHEAT(災害時健康危機管理支援チーム)・日赤の方に情報を伝えて、継続した支援ができるようにするなど、各団体間やチーム間における横の繋がりもとても重要だということを実感しました。
今後の支援活動について
 当院では、DMAT派遣後も引き続き被災地支援を行います。当院のほか、昭和大学各施設に災害義援金募金箱を設置しております。本学職員からの募金はもちろんご来院いただきました皆様からのご協力もお願いいたします。
 被災地の一刻も早い復興を願っております。

【出動隊員】
・医師:   中野 賢英
・看護師:  狩野 祐子
       永田 絵里香
・業務調整員:縄田 修一(薬剤師)
       髙田 昂輔(薬剤師)
計5名


1月15日(月)
18:44神奈川県より横浜市北部病院へ出動要請
1月16日(火)
14:07昭和大学横浜市北部病院DMAT出動
1月17日(水)
13:45能登中部医療圏活動拠点本部(能登総合病院)到着
現地DMAT隊より業務引継ぎ
1月17日(水)
搬送DMATの指揮を主に支援活動を開始
活動拠点本部を能登総合病院から能登中部保健福祉センターへ移転
能登北部地域の患者を中部以南で受け入れるべく搬送指示・調整業務の指揮を実施
1月18日(木)一部施設にて新型コロナウイルス感染症が発生
情報収集のため搬送DMAT1隊を現地へ派遣指揮
1月19日(金)~1月21日(日)DMAT指揮に加え、施設の視察を行ったほか、各避難所を訪問し避難者の皆さんがエコノミークラス症候群になっていないかなどのチェックを実施
次派遣チームへの業務引継ぎ
1月22日(月)現地活動を終了・横浜市北部病院へ帰院

派遣準備の様子
出動準備の様子
出動したDMAT隊員と門倉病院長出動したDMAT隊員と門倉病院長
【医師1名、看護師2名、業務調整員2名(薬剤師)】
★IMG_6560現地活動拠点(能登総合病院)
実際の搬送調整

搬送調整の様子
★現地の活動現地活動の様子
派遣報告

帰院後の派遣報告の様子