てんかん外科・難治性てんかん

難治性てんかんに対する手術治療

はじめに

てんかん発作の治療にはまず抗てんかん薬の投与が行われますが、異なる種類の薬を投与しても、複数の薬を組み合わせて投与しても、発作をなかなかコントロール出来ない場合があります。そのような病態は「難治性てんかん」と呼ばれており、手術による治療で改善することがあります。手術治療の種類については、次のように考えることができます。

1)発作を起こす部位(てんかん原性部)を切除・遮断する

脳の一部が異常に興奮して発作が起きるてんかん(部分てんかん)では、その異常な興奮部位(てんかん原性部)を切除することで、発作を軽減または治癒できる可能性があります。てんかん原性部の評価には、MRIや核医学検査などの脳画像評価だけでなく、電極を頭蓋内に留置して行うビデオ脳波モニタリングや脳機能マッピングなどが必要になることもあります。脳において「正常な部位」と「異常な部位」の明確な判別は非常に難しいですが、各種検査結果から総合的に判断して最適な切除部位を決定します。なお、当科では最新の脳機能・脳波解析法を用いてより安全かつ正確な評価法の開発にも取り組んでいます。

脳腫瘍や皮質形成異常などの大脳の局所的な器質異常によって難治性てんかんを来している場合は、病変部切除と同時にてんかん原性部にあたる脳皮質の切除を行います。この際、言語や運動機能に関わる重要な部位を傷めないよう細心の注意を払う必要があります。てんかん原性部が、重要機能を有する部位にある場合は、5mm間隔で脳皮質に切り込みを入れる軟膜下皮質多切術(遮断術)を考慮します。この方法は、皮質切除よりも治療効果はやや劣りますが、重要機能を温存出来る可能性が高まります。さらに、脳機能マッピングや術中ナビゲーションシステム、術中運動神経・脳波モニタリングなどを併用することにより最大限の治療効果と機能温存を目指します。

海馬硬化症や腫瘍性病変などによる難治性側頭葉てんかんの場合は、てんかん原性部である海馬扁桃体や側頭葉病変部を切除します。海馬扁桃体切除術では、側頭葉の一部を犠牲にする手術アプローチを行うこともありますが、当科では手術経験と技術を生かし、経シルビウス裂的あるいは側頭下アプローチにより、側頭葉を温存する選択的海馬扁桃体切除術を行います。海馬は「記憶(記銘力)」という重要な脳機能に関与することが知られており、てんかん原性部が記憶を担う海馬(左側に多いです)に存在する場合は、5mm間隔で海馬に切り込みを入れる海馬多切術(遮断術)を考慮します。

2)広範に障害された一側大脳半球を切除する

先天的な脳形成異常である片側巨脳症、周産期脳障害で起こる孔脳症、風邪などの感染症後に脳炎を来すラスムッセン症候群、重症脳血管障害や広範囲脳外傷などにより、一側大脳半球全体が広範に障害された難治性てんかんでは、大脳半球切除術、または、大脳皮質を温存し投射繊維を離断する機能的半球切断術が考慮されます。病変側の大脳半球障害として既に重度片麻痺・感覚障害・半盲などを伴い、術後に新規神経脱落症状が起きにくい患者さんが主に手術適応になります。本手術によるてんかん発作抑制効果は高く、患者さんの成長に伴って精神運動機能が向上することもあります。低侵襲の手術法開発や脳神経外科技術向上によって、最近では本手術の適応範囲が拡大しつつあります。

3)左右の大脳半球を連絡する神経繊維(脳梁)を離断する

幼児期から小児期に発症する難治性てんかんであるレノックス・ガストー症候群や左右大脳半球が同時に興奮して発作が起きるてんかん(全般てんかん)では、体幹の緊張が急に失われて倒れてしまう脱力発作や、左右対称に身体の緊張が急に高まる強直発作が生じます。これらの発作は左右の大脳半球を連絡する脳梁と呼ばれる神経繊維束を介して、発作活動が両側同期することで起こるとされています。脳梁離断術は脳梁前半部2/3を切断することによって発作を抑制するものです。脳梁後半部(膨大部)は視覚・聴覚の高次認知機能や記憶機能などに関与しており,膨大部も含めた全脳梁離断術を行うと、離断症候群と呼ばれる高次脳機能障害を来す可能性が高いです。

4)迷走神経を刺激して発作を緩和する

難治性てんかんであり、前述のような開頭手術の対象とならない患者さんは、迷走神経刺激療法の適応がある可能性があります。例としては、てんかん原性部が沢山ある場合、検査をしても病変が見つからない場合、開頭手術の効果が得られない場合、遺伝子異常や脳炎後で発作が治まらない場合などが挙げられます。迷走神経刺激療法は、頚部と前胸部(または腋窩)に約5cmの切開で行う手術であり、開頭手術と比較して侵襲が少ないので、重度精神発達障害や合併症のために開頭手術に耐えられない場合や患者さんやご家族が低侵襲治療を強く希望される場合なども適応が考慮されます。

手術では、顕微鏡を用いて慎重に左頚部迷走神経を露出して電極を巻付けます。続いてリード線を皮下に通して前胸部または左腋窩の皮下に刺激装置を埋め込みます。全身麻酔を要しますが、開頭手術よりも身体負担が少なく早期に退院できます。術後は刺激の強度や頻度を調整して、患者さんの病態に合った刺激設定を行います。刺激により咳、かすれ声、嚥下障害などの副作用が見られる場合にも調整が必要です。また、ご自身で皮膚の上から刺激をON・OFFできるマグネット装置もお渡しします。刺激装置の電池寿命は刺激条件・ジェネレータの種類によって異なりますがおおよそ4~8年程です。電池がなくなると交換手術が必要になりますが局所麻酔下で行うことが可能です。

迷走神経刺激療法は、開頭手術による発作消失を目標とした根治的外科治療とは異なり、発作の程度や頻度を軽減させる緩和的外科治療に該当します。そのため、術後も薬物治療を併用する必要がありますが、治療を受けられた50 - 60 %以上の患者さんで50 %以上の発作頻度減少が得られ、治療を長期継続することでより高い治療効果が得られることも知られています。また、てんかん発作の緩和が得られるとともに、精神活動性や反応性が向上することで日常生活の質の改善も得られる可能性があります。てんかん治療および迷走神経刺激治療に関する研修を修了したてんかん専門医が手術を施行いたします。世界的にも広く普及しつつある治療法であり、日本では2010年7月に販売開始され、難治性てんかんの患者さんに対する有益な治療選択肢の一つとして積極的に導入されています。